JSME関東支部シニア会からのお知らせ

シニアの持つ経験、技術、知恵の継承

シニア会たより 第15号

鉄よもやま話

伊藤裕道(JSMEシニア会員)

【カテゴリー:随想】
第一話 地球は鉄の惑星

地球は「鉄の惑星」と云われております。何でも、地球誕生の際の核融合の最終段階で最も安定した元素が「鉄」で、地球の地核、マントル、中心核はほぼ鉄から形成され、地球の質量の30%以上が鉄との事です。

地磁気マントル、中心核の「鉄(液体)」の所産と云われております。磁気軸と自転軸が一致していることから自転が地磁気を発生との説もありましたが、中心核の液体金属(鉄)の対流による流動が電流を生じ、その電流が磁場を形成し地磁気が発生しているとの説が有力です。

地球が高透磁率の「鉄(心)」を有していなければ、地磁気の磁束密度は、現在の約60,000nTより遥かに小さく、有害な放射線のバリアとならず生物の進化は異なったものになったかも知れません。極地に観られる美しいオーロラも現れることはなかったと思われます。

また、ファラディーによる電磁誘導現象の発見をはじめ、電磁気学の発展に地磁気の存在は大きな役割を果たしています。

第二話 鉄と生命

生命とくに動物の出現と進化も鉄の存在が不可欠でした。植物と比較し動物のエネルギー消費量は格段に大きく、燃焼によるエネルギー獲得が合理的だったと思われます。

そのため酸素が必要で、地球に無尽蔵にある鉄を体内に取り込み、鉄タンパク質(ヘモグロビン)を合成し、大気中から取り込んだ酸素と結合(酸化)させ、それを血流に乗せて様々な臓器に運び、酸素を分離(還元)し細胞に供給し、植物由来の炭化物を燃焼しエネルギーを得ています。「鉄」は、酸化されやすく、かつ還元されやすいと云う絶妙なバランスの持ち主のようです。

ただ、酸化(活性酸素)が細胞を損傷し、植物の寿命が最長数千年あるのに対して動物はせいぜい百年程度に留まっています。

第三話 鉄の種族

今から2,700年ほど前、古代ギリシャ叙事詩人ヘーシオドスが著した「労働と日々」の中に「五時代の神話」というのがあります。

オリンポスに住む神々は、最初に「黄金の種族の人間」を作った。彼らは善良で争いもなく、災害に合うこともなく、眠るように人生を全うした。神々は続いて「黄金の種族」よりはるかに劣った「銀の種族」の人間を作った。彼らの子供は大馬鹿者で、成長して若い盛りになると、愚かさゆえの苦難に遭い続け、きわめて短命に終わった。

その後ゼウスが「銀の種族」にも及ばない、第三の「青銅の種族」の人間を作った。(注、人類が初めて手にした金属製の道具・武器である)彼らは強かったが、争いが増え、お互い同士の手にかかって滅んだ。

このように人間の質は次第に低下した。第四の種族(英雄の種族)は、少しはましだったが、結局戦争と殺戮で滅びてしまった。

次に続く「第五の種族」は史上最悪の「鉄の種族」である。ヘーシオドスは語る「この時代に私は生きていないほうが良かった。それ以前か、ずっと後世の方が良かった。鉄の種族の時代とは、昼は労働と悲惨のやむことなく、夜も滅亡に脅かされている。むしろ悪行をなす者や乱暴者を人々は称賛し、正義は腕力の中にあり、羞恥心は失われてゆく時代である。

2,700年前にヘーシオドスが嘆いた「鉄の種族」は正に、現代の我々を妙に言い当てていると思うのは筆者だけでしょうか。

紀元前1,400年頃にヒッタイトが鉄器を発明し、同1,200年頃、ヒッタイト滅亡とともに、門外不出の国家機密である鉄器製造法 (既に鋼を開発していたようです) を周辺国が知ることになり、世界に拡大し鉄器時代が創生されたようです。

鉄器時代とは古代の事と思いきや、現在も「鉄器の時代」を引き継いでいるようです。思えば、全ての構造物、各種の機械、あらゆる器具・道具、自動車・船舶・鉄道車両等の交通機器、勿論、戦車も榴弾砲も兵器は全て鉄で出来ております。

ヘーシオドスは、現代を予想した訳でなく、ギリシャ神話の神々が創り給うた、直系の真のギリシャ人を「黄金の種族」とするなら、「鉄器」を携えて勢力を拡大し、ギリシャを侵す周辺国は蛮族そのもので、史上最悪の「鉄の種族」として創生したのでしょう。

さて、道具は、銀、銅(青銅)、鉄、アルミの順に進化してきました。精錬のし易さの順と符合しています。銀は道具とは言い難いですが一番酸化されやすく、アルミが一番酸化され難いのですが、鉄の酸化されやすくかつ還元されやすい特性つまりは精錬のし易さと強靭さが、永い「鉄器の時代」を生んだとも云えます。しかしながら、ヒッタイトが鉄器を発明する数億年も前から、生命は「鉄」の酸化されやすくかつ還元されやすい特性を利用していたとは驚きです。

第四話 ポスト鉄の種族

ヒッタイトが鉄器を発明して以来、3,400年も栄えた「鉄器の時代」も、いよいよその終焉を迎えようとしているのでしょうか。米国西海岸を発祥地として、世界には「第六の種族」つまり「情報の種族」が急速に生まれつつあります。

さて、「第六の種族」は、その強靭さゆえに、高度な文明を構築しつつも、戦争の絶えない「鉄の種族」に替わり、戦争の無い平和な世界を構築することが出来るのでしょうか。

メタバースを活動空間とする「情報の種族」は、移動のためのエネルギーが不要となり、活性酸素による細胞の損傷をきらい、やがて燃焼に依らないエネルギーを獲得し、植物と同様の長寿命を得ることが出来るかも知れません。長寿のお隣のおばあさんとおじいさんの年齢が、6千何百歳とは少々不気味ではありますが。

以上

参考文献

ヘーシオドス/松平千秋訳『仕事と日』岩波文庫
志村忠夫、古代世界の超技術、講談社ブルーバックス
田村元紀、地球史における鉄の元素機能、日本金属学会誌 第75巻第1号(2011)