JSME関東支部シニア会からのお知らせ

シニアの持つ経験、技術、知恵の継承

シニア会たより 第30号

私のコンピュータ遍歴

鳥毛 明

【カテゴリー:体験】

 学生時代から現在までごく初期のマイコンに触れてからロボットやメカトロニクスの研究を中心にやってきた中でコンピュータと接し続けています。 特にハードウェアをいじることが多かったので使ってきた歴代のコンピュータについて話したいと思います。
・学生時代
大学に入り、コンピュータプログラミングの講義でフォートランを学び、実習としてプログラミングを行いましたが、今のようにパソコンなどがない時代でソースプログラムをパンチカードで提出し、後日処理結果を受け取るという形での実習でした。
 4年で研究室に配属されて、最初にミニコン(HITAC 10-II)でのプログラミングをすることになり、ソースプログラムは紙テープで入力ということになりました。卒論でマイコンでのPID制御のパラメータの最適化をやることになり、SBC-80というワンボードコンピュータを使うことになり、紙テープでソースプログラムを作ってHITACでクロスアセンブルしてバイナリのデータを紙テープで出力し、それをSBC-80に読み込ませて実行という作業を繰り返していました。やっているうちに紙テープのASCIIコード部分は直接読めるようになり、手持ちのテープパンチでぱちぱちとプログラムの修正を行っていたところ院生の先輩に「何やってんだ」と驚かれたりしていました。
 大学院に進んでからはDOSCP/Mが使えるシステムが使えるようになり、画面上でエディターでプログラム編集やコンパイルができるようになり便利になってきました。修士の研究で使ったコンピュータはチップ単位でパーツを集めマイコン基板をラッピングを使って手作りで作成し、OSも雑誌の記事を参考に作成、ディスプレイに表示するフォントも手作りという形で作成しました。
 博士課程に入った頃(1981年)16ビットCPUが各社から発表され(インテルの8086、ザイログのZ8000、モトローラの68000)、どれにしようかと検討してZ8000を選び開発システム一式を購入してもらい研究に使っていました。その後の状況を見るにZ8000は外れだったなと言うのが正直な感想ですが。
PC-98時代
 院生の頃にPC-98が発売され、就職した研究室でPC-98を購入し、数年ごとに性能が上がるごとに購入することを繰り返していました。CPUは8086からV30,V50、80286と変わってどんどん性能があがるのが楽しみでしたが、コンピュータ本体は完成された状態なのであまりいじるところが無く数値演算プロセッサやJIS第2水準ロムを追加する程度しかできない状況でした。
DOS/V時代
 そうこうしているうちにWindows3.1が発売されIBM互換機に英語版のWindowsをいれ、日本語化キットのDOS/Vをインストールすることで使える時代が来て、早速DOS/V機を購入し使い始めました。DOS/V機だとCPUやマザーボード、メモリ、グラフィックボード、ハードディスクなどパーツで購入し組み立てることができるようになり、最初のPCはセットで購入しましたが、それ以降は研究室で使うコンピュータは嬉々として自作していました。

 CPUやグラフィックボードなどの進化はムーアの法則に則って現在も続いていますが、50年程度で処理能力が10の5乗から6乗の間位向上して、昔だと夢物語だったリアルタイムでの画像処理などが難なく実現していることに驚いています。
 最後に、コンピュータを自作していて古いコンピュータを廃棄する際に記念にCPUを外してコレクションしていたのでご覧ください。並べていて、いろんなCPUを使ってきたなと感慨に 耽っています。

インテルのCPU達です。左上から順に80386,80486DX, 486OverDrive ×2
2列目 pentium ×2、pentium II(カートリッジタイプ)、pentium III ×2
3列目 pentium-PRO(チップタイプで一番大きいサイズです)、XEON ×2、pentium 1200、pentium with MMXCELERON ×2
4列目 CELERON ×6
5列目 Core2 Duo

AMDのCPU達です。1列目 80L286
2列目 Am486DX2、Am5x86、それぞれ80486pentiumの対抗CPUです。AMDが略されずに書かれています。
3列目 Athlon(カートリッジタイプ)、Geode
4列目 K-6-II ×3、K-6-III
5列目 Athlon64X2、Opteron 6列目 Athlon ×2、Duron