人工筋肉を追いかけて
石川 敏也
【カテゴリー:体験・機械・技術・自己啓発】
今から45年くらい前のことでした、テレビの科学番組で障害により両腕の無い女の子が義手をつけて自転車に乗る映像を見たことがありました。その義手は大きく重く硬く冷たそうで、人間の腕と大きくかけ離れている様に感じました。そこで、この疑問を解明しようと人体の構造について調べてみました。すると、骨格の上に柔軟な紡錘形の筋肉が何本も重なり合い、それらを皮膚が覆う構造によって人間の姿が形作られていることがわかりました。ところが、骨格や皮膚に該当するものは金属や樹脂で作れそうなのに、筋肉に該当するものだけはありませんでした。そこで、もしこの筋肉に該当するものを人工的に作り出すことができれば、外見上人間そっくりな義肢やロボットが実現できるに違いないと考えました。
これに大変興味を持った私は、ちょうど受験期だったので、この人工筋肉について学べそうな大学を幾つか選んで受験し、1980年に中央大学理工学部に入学しました。そして、そこで初めてアクチュエータという名称を知りました。それは電動モータや油圧シリンダなど駆動力を発生する部品のことで、まさに機械装置の人工筋肉でありました。しかし、女の子の義手から受けた大きく重く硬く冷たいイメージの原因こそ、このアクチュエータにあることに気がつきました。そこで、より人間の筋肉に近いアクチュエータについて調べると古くは90年以上前から研究されていて、それには「柔軟性の高い伸縮型リニアアクチュエータ」という世界共通のイメージがあることがわかりました。
私が中大に在学した80年代は、静電アクチュエータ、圧電アクチュエータ、超音波モータ、高分子ゲルアクチュエータなど、新しい原理に基づく新アクチュエータが大学や企業から次々と発表され、一時期ブームになりました。その中でも特に形状記憶合金アクチュエータは、①伸縮型リニアアクチュエータである、②直接通電で駆動できる、③柔軟性が高い、④発生力・発生変位が大きいという大きな特長がありました。そこで、この形状記憶合金で人工筋肉を作ろうと考え、これを卒論のテーマとして研究させてもらいました。ただ、実家の経済的事情もあり大学院には進学できず1985年に就職しました。入社して配属後、人工筋肉を提案しましが、短期間で商品化出来ないものであり却下されてしまいました。
仕方ないので自宅に研究室を作り、夜間や休日など自分の時間と自費を使って研究を続けることにしました。図1がその研究室で、室内にクリーンブースを設け高いクリーン作業が出来るようにしました。こうして個人的に研究を続け、「巻フィルムチューブ式SMA人工筋肉アクチュエータに辿り着きました。
しかし、個人での研究では学会発表が行えるようになるまで10年もかかってしまいました。開発した人工筋肉は、解剖学上の名称から「モータユニット」と呼ぶことにしました。その写真を図2に示します。このモータユニットを実装する場合、図3のように、ロボットの骨格に配置して、冷却液チューブを血管のように配管し、電線を神経のように配線する構造を考えました。
以上の研究を一度論文にまとめようと思い、研究論文の書き方を学ぶため社会人研修制度の充実した東京電機大学に研究生として2000年に入学しました。この学費・交通費・研究費の全ては自費で賄いました。しかし、2001年に勤務先から静岡県沼津市への転勤を命じられたため、仕方ないので毎週金曜夜に研究室のある神奈川県横須賀市に片道2時間半掛けて帰宅し、研究開発を行い、毎週月曜早朝に沼津に戻る、という金帰月来の日々を13年間続けました。加えて、月に一度は電機大のある千葉県印西市に通学しました。また月曜から木曜の平日の夜には、沼津市のアパートの一室で学会論文などを作成していました。
しかし、2014年、電機大の担当の教授が定年退官されることになったので、研究生を終了して会社を退職し、母校中大の博士課程後期課程に入学し、博士号取得を目指すことにしました。博士号が欲しかったのは、研究活動を有利にするためでしたが、「自分は今までこんな目標を持ってこんな人生を送ってきたのだ」と言う一つの「証」が欲しかったのが一番の理由でした。中大院では動力源であるSMAコイルばねの改良に着手し、「SMA長方形断面素線コイルばね」を開発しました。図4がその実物写真です。このばねは生体筋に迫る早さで動かすことが出来、従来SMAコイルばねより力が出ることがわかりました。以上の研究をドクター論文にまとめ、2017年に博士(工学)を取得しました。
しかし、研究費を捻出するためこれ以上退職金を削るわけにはいかなかったので、中大には残れませんでした。そんな中、開発テーマを探しに中大を訪れていたK社から私に共同開発の申し入れがあり、2017年から技術顧問として働かせてもらうことになりました。K社では3年間にわたり製品化を目標に開発を進め、2017年の国際ロボット展出展など営業活動にも加わりました。しかし、製品化には至らずK社が撤退を決めたため、2020年に雇い止めになりました。
その後2年間私費で研究を続け、2022年「人工筋肉アクチュエータ研究所」を立ち上げました。そして本年、生体筋とほぼ同等の性能の①最大発生変位40%、②最大発生応力0.52MPa、③最小時定数125msを達成することができました。
さて、人工筋肉アクチュエータ研究所の今後の展望について、パワーアシストや義肢の開発には人体全ての筋肉をモデルにした人工筋肉のサンプルが必要になります。そこで、アンドロイド(人間酷似型ロボット)を製作してみたら面白いのではないかと思い、これを当研究所のメインテーマにすることにしました。完成目標は2050年を考えております。これもまた長い旅になりそうです