JSME関東支部シニア会からのお知らせ

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シニア会たより 第26号

建機のあまり知られていないこと

小林 晃

【カテゴリ:機械】

 長年、建設機械の開発に従事してきたが、一般的にはあまり知られていない機械の特性についていくつか紹介してみる。
 対象の建設機械は、油圧ショベル、ブルドーザ、ホイールローダの3機種で油圧ショベルは建設現場での掘削、積込作業、鉱山での採掘、骨材採取等最も汎用性が高い。ブルドーザは工事現場で整地と押土作業を、ホイールローダは土砂や骨材の積込み作業、積雪地での除雪作業等に使用されている。

図2 ブルドーザ
図3 ホイールローダ

 その中で今回は特に走行性能に注目してみた。

1.最大牽引力の実際

各建機メーカーの製品紹介欄を見ると、ほぼ3機種とも運転質量(機械質量+乗員の体重75kg)に相当する最大牽引力をほぼ有しているようである。しかしながら実際には鋼履帯やタイヤと路面間にスリップが生じ、最大牽引力を発生することが出来ない。牽引力F=運転質量W×粘着係数cで表されるが表1.に示すよう一般的にcは1.0未満のためである。どうしても最大牽引力を出したい場合は、滑り止めを施す必要がある。つまり実最大牽引力は運転質量と粘着係数の積で決定する。        

2.牽引力と乗り越え性

 牽引力は、エンジンから発生したトルクを履帯式であればスプロケットに、タイヤ式であれば駆動軸を経由してタイヤに伝えることで生じる。牽引力FとトルクMは次の関係にある。

牽引力F=駆動トルクM÷回転半径r=M/r

ここで回転半径rは接地面からスプロケット中心或いは駆動軸中心までの距離を表す。
 上式から、Mが一定とするとrを小さくすればFは増えて一見良いように思える。しかしながら、乗り越え性を考慮するとFが増大してもrが小さくなることで乗り越えられる突起物の高さは低くなる。従って、牽引力と回転半径のバランスが重要になってくる。

図4 乗越えモデル

 今、上図のようにスプロケット或いはタイヤに運転質量の50% 0.5Wが作用し、突起物の高さをhとするとa点回りのモーメントから乗り越えるためには次の条件の成立が必要である。

この式にMは一定として,r=0.3m、F=Wと0.25m,F=1.2Wの場合を比較すると、乗り越えられる突起物の高さhはそれぞれ18.5cm、16.8cmという結果になった。

3.走行特性と動力伝達経路
1)走行特性

 表2.に各機種の走行特性を示す。これからわかるように油圧ショベルは土砂の運搬作業はごく短距離に限られる。これは殆ど場合ダンプトラックと組合せで使用するためである。油圧ショベルは自走しなくてもその場で旋回が出来、ある範囲までは作業機により土砂の運搬が可能であるためである。ブルドーザ、ホイールローダは中距離の運搬作業に適することがわかる。これらの特性の違いは動力伝達経路の違いによるもので、それぞれの基本性能、扱い易さ、コストミニマムを追求した結果、現在の形になっている。  

2)走行動力伝達経路
2-1)油圧ショベル

システムが最もシンプルで、安価に構成でき、故障やメンテナンス対応が容易。しかし油圧ポンプから油圧モータ間は全て油圧伝達で、コントロールバルブ、回転接手による圧力損失が大きく、油量を増やしてもエンジン出力に制限され時速6km以上の走行は難しい。

2-2)ブルドーザ

機械の大きさからくるコスト、作業能力、操作性等の要求品質に応じて、伝達方式を選定している。伝達経路は機械結合、或いは油圧結合であっても短路で大きな圧力損失が発生しないため時速10km以上で走行できる。

2-3)ホイールローダ

  ホイールローダはブルドーザと比較してタイヤと履帯の違いはあるものの伝達経路はよく似ている。大きな相違点としてタイヤ式は履帯式と比較して走行抵抗係数が15%程度であること、差動装置を有することである。

4.最大登坂能力

 機械が登坂できる最大勾配を最大登坂能力というが、1頁で述べた最大牽引力による能力ではなく、実はエンジンのオイルパンの構造とオイルポンプの位置関係によるものである。オイルパン内のオイルをオイルポンプで吸込み、各摺動部に供給するが、登坂時にオイルパンが傾き過ぎるとオイルポンプが空気を吸ってしまいオイルを供給できなくなる。カタログに記載されている殆どの機種での最大登坂能力は、このオイルパンの傾きの限界値を示している。25,30,35度と一定値なのはこのためである。

5.建設機械の動向と期待

 業界の動きとして、掘削整地や盛土締固めの自動化技術が搭載された機械が実用化されているが、コストの壁で普及は限られている。そこで、運転・操作性の更なる改良に力点を置くのはどうだろうか。振動・騒音が小さく、思い通りに操作出来れば、運転者の疲労が少なく作業能率が高くなる。履帯式の足回りでは、一部大型ブルドーザにはトラックローラが路面の凹凸に合わせて揺動する揺動ローラを採用しているが、それ以外の機械でも、コストの課題をクリアして新揺動ローラの開発を期待する。